2025年01月04日
ルネ・レイボヴィッツ
クリスマスにはくるみ割り人形、年末にはベートーヴェンの第9、年始にはウィンナワルツのレコードを聴くのを恒例としていますが、今年は残念ながらくるみ割り人形は聴くタイミングを逸したものの、第9は何とか年内に聴くことが出来ました。
毎年異なる演奏で聴くことにしているのですが、今年はちょっと珍しい演奏のレコードです。
上のジャケット写真を見て「あー、あれ」となる方は結構なマニア、というのもレコード店で一般に販売されたものではなく、会員制頒布レコードだから。リーダーズ・ダイジェストのベートーヴェン交響曲全集で、立派なボックスに入ったLP7枚組のセットです。
リーダーズ・ダイジェスト・レコードは元々一般家庭向けなので、取り上げる曲目はほとんどが誰もが親しめる名曲。ベートーヴェンでも運命や田園,第9「合唱」ならともかく、交響曲全集となると少々重めの内容ではあります。
これにはちょっとしたきっかけがあって、その経緯は付属の解説書に結構詳しく書かれています。
当時、リーダーズ・ダイジェストはレコード制作を米RCA に委託していて、企画,録音から製盤まで同社が担っていました。RCA 手持ちの音源を利用せず、リーダーズ・ダイジェストのために新たに録音したところが当時の余裕を感じさせます(後年は予算節約か、RCA の既出音源が使用されました)。
担当したのはRCA の名プロデューサー、チャールズ・ゲルハルト(ゲアハート、と言ったほうが実際に近いのかもしれません)で、リーダーズ・ダイジェストではルネ・レイボヴィッツ,ヤッシャ・ホーレンシュタイン,アナトール・フィストラーリ,マッシモ・フレッチャらをはじめ、シャルル・ミュンシュ,フリッツ・ライナー,ジョン・バルビローリなどといった多彩な指揮者達が起用されていました。
このベートーヴェン交響曲全集では、なかでもリーダーズ・ダイジェストへの録音の多いルネ・レイボヴィッツがロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団を指揮しています。
レイボヴィッツは通には知られた存在で、シェーンベルク,ウェーベルンやラヴェルに学び、時代の寵児としてパリを中心に活躍していた逸材です。その彼がリーダーズ・ダイジェストでは有名名曲を中心に録音しているところが面白いのですが、なぜ彼の指揮でこのシリーズでベートーヴェンの交響曲全集が出版されたかを、前述のようにゲルハルトが付属の冊子に書いています:
「ベートーヴェンの9つの交響曲全曲をもう一度まとめて出そうという想いはパリの歩道に面したささやかなカフェーで生まれた。
私はルネ・レイボヴィッツと一緒にラヴェルのラ・ヴァルスとボレロの録音をやっていた。2人はコーヒーを飲みながら音楽について議論を戦わせていた。話はベートーヴェンに移った。レイボヴィッツはこう言った。
“世界で一番演奏回数が多いベートーヴェンの第5の出だしのところで、ここのところの小節が一度も正確に演奏されたことが無い、ということに気が付いたことがあるかい? それからここのところと..ここのところ..”
そして48 時間後には彼はベートーヴェンの演奏のなかで一般に行なわれている約600(!)ほどの誤りを見つけ出したことが分かり、録音を行なわない理由はもうどこにもなくなった。」
テンポや拍子、強弱の表現でレイボヴィッツの主張がそのまま演奏に生かされているのがこのセットの特徴です。元々彼の指揮はテンポが速めですが、ここではちょうど現代のピリオド演奏(時代考証)を先取りしたような演奏で、かつ当時のロイヤル・フィルがビーチャムの息のかかった全盛期であるため名人揃い、きびきびと指揮に食い付いて実に生き生きとしたベートヴェンを聴くことが出来ます。
名曲集中心のリーダーズ・ダイジェストでは異色のセットとなっていますが、玄人筋をも唸らせる好企画でした。
しかも録音が、DECCA の名エンジニアとして名高いケネス・ウィルキンソンが(当時、RCA は英デッカと提携関係にありました)、多くの名録音を生んだウォルサムストウ・タウン・ホールで録っているのでステレオ初期ながら音質の良さは約束されたようなもの。
今回聴いたのは、ビクター音産の良質なプレスによる国内リリース版です。