店主日誌
米元響子、ヴァイオリン・リサイタルを聴いてきました
2013年02月20日
昨晩、東京オペラシティ・リサイタルホールで、米元響子さんのヴァイオリンを聴いてきました。
最も近い演奏会場でありながら、なぜかほとんど行く機会の無かった東京オペラシティ。リサイタルホールは初めてでした。
直方体の箱型でホールというより講堂や体育館といった素っ気ない空間ですが、音が出始めてみると残響などの響き,音の伝わり方がとても良く、よくこんな平行面だけの広間でこれだけの音が得られるものだと、まず感心。周囲の壁に全て木材を使って、上半分に反射拡散板、そして聴衆が入ることでコントロールはしているでしょうが、それだけとは思えません。聴いていた場所も良かったのかもしれませんが。
さて、肝心の演奏会は一言で言って大満足、とても美味しい食事をさせてもらった気分です。
実は彼女のことは全く知らず、ある方からの勧めで聴きに行ったのですが、若手の逸材として今後がとても楽しみな印象を持ちました。入りもほぼ満員の盛況でした。
今回のメニューはとても凝っていて(だから行く気になったのですが)、バッハ,イザイ,レスピーギ,武満など時代・場所をトリップ出来る趣向が凝らされています(奏者がプログラムに「時代の時差ぼけにご注意」と書いているのが気が利いています)。
しかも休憩をはさんだ前半と後半が対を成すように構成されていて、まずバッハの有名な無伴奏パルティータで始まるのですが、これに呼応するように後半の最初はイザイの無伴奏ソナタ、前半2曲目は武満で、これに後半の三善(作曲年代はほぼ同じ)、前半3曲目のドビュッシーのソナタの対しては後半のレスピーギのソナタで、しかもこの二つのソナタは全く同年の作曲、というように実に巧妙に組まれています。
期待の第一音に耳を傾け、まずバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番。最初にこのバイブルのような曲をもってきたところはなかなかですが、それだけにちょっと気負ったのかもしれません、若干硬さが感じられ、本来の持ち味を発揮するに至っていないよう。でも一曲目ですから、肩慣らしとしましょう。
続く武満は打って変わって彼ならではの静謐さと竹を割ったような音響の世界、これもバッハに劣らず難物。深呼吸、リセットをして取り組んだようで、これは良かった。
前半最後のドビュッシーは師直伝の曲ということで、さすがに自信と余裕をもって弾き切ったと聴きました。
ピアノの佐藤卓史さんも素晴らしい腕前を披露してくれました。
休憩が終わって後半は、本来の持ち味を十全に発揮出来たようで、充実した演奏を堪能出来ました。
なかでもイザイは当初第2番が予定されていたのですが(最初の演奏曲、バッハのパルティータ3番に因んでいる)、急きょ第3番「バラード」に変更、演奏を聴いて、なるほど彼女はやっぱり弾きたいほうを選んだんだな、と感じました。全曲中最も没入して弾く姿が印象的で、聴き応えがありました。
次の三善晃の曲、「鏡」は初めて聴きましたが、イザイのすぐ後でほとんど違和感なく聴けました。技巧的にもとても難しいのでしょう。同時期の同じ日本の作曲といっても、武満とは全く違う音楽。
最後のレスピーギは近代のヴァイオリン・ソナタとして比較的有名な曲ですが、実演で聴くのは初めて、なるほど最後にもってくるだけあってダイナミックレンジも大きな大曲、二人の熱演で全体を締めくくりました。
何より彼女の音の美しさに惹かれました。美しいといっても色々ありますが、たいそう気品があって決してヒステリックにならず、常に優しさを失いません。男勝りにバリバリ弾く女流も沢山いますが、彼女のヴァイオリンは女性ならではの美しさが魅力と感じました。
きれいといっても決して線が細くはなく、充実した響きを失うことがありません。
余計な艶が付くことが無く、めいっぱい歌い上げても耳障りな響きとなりません。オーディオ屋的にいうと、ちょうど最高品位のソリッドステートアンプで鳴らしたときのようです。
勧めてくれた方から聞いたことですが、これは彼女が最近使うようになった愛器によるところも大きいのかもしれません。
こうした特徴はアンコールの2曲、ラフマニノフの「ヴォカリーズ」とラヴェルの「ハバネラ形式の小品」でもはっきりと対比出来ました。
ラフマニノフは滑らかで優しい唄が夢のようですが、ロシアの憂鬱を引きずることはありません。そのためいつもより淡々とした印象。
それに対してラヴェルは得意なフランス曲でもあり、水彩画ながら多彩な色彩が産毛で撫でられるような音色で再現されます。個人的には後者が断然楽しめました。
また他のホールや、協奏曲の演奏なども聴いてみたいところです。
(勝手に)想像していたより小柄な方で、少しはにかむように優しい笑顔でお辞儀するところなどは彼女の音そのものを反映しているかのようでした。
そうそう、こんなに美味しいものを頂いた気分の後で入った食堂の、かつ重のまずかったこと、これだけは残念!