FIDELIX 初のMCカートリッジです。
でもフィデリックスの中川さんのことですから、普通のカートリッジを作るはずがありません。自身で作る意義を感じないものを製品化することは無いのです。
MC-F1000 は所謂ダイレクト・カップリング型のMCカートリッジです。このタイプは最近あのaudio-technica がダイレクトパワー方式と銘打って発売したことが記憶に新しいですが(AT-ART1000)、1個ごと個別に針圧を指定するという異例の製品化でした。それ程、製作が難しいということです。
また、かつてのこの方式の名機として日本ビクターのMC-L1000 は今でも愛用している方が少なからずいます(今回の型番にはリスペクトが)。
中川さんはMCカートリッジでは空芯コイル型、特にダイレクト・カップリング型に対しての思い入れがあります(以下、『』内は中川さんの言葉):
『私は長い間、空芯MCを愛用してきました。それは鉄芯入りのMCだとどうしても音が硬く強めの傾向になるからです。そのことがオーディオでは効果的なこともありますが、音楽は必ずしも強い場面だけではなく、静かで情緒あふれる曲もあります。そうした曲には硬くて強過ぎる音は似合わないのです。ここはうんと丁寧で澄んだピアニッシモが聴きたいのです。こういう場面は空芯ならではの繊細でしなやかな表現力が生かされます。』
『空芯構造の代表的なものとしては、通常のカンチレバーを通るタイプとダイレクトカップリングがあります。もちろんダイレクトカップリングの方が優れているのは間違いありません。
個人的な印象ですが、支点の近くで発電するタイプ(通常の、カンチレバーの針先と反対側、ダンパー支点近くに発電コイルのあるもの)は、低音楽器が膨らんで甘くなり、ゴムで包まれたかのように感じます。MC-F1000 だとそのゴムから抜け出したかのように現実のコントラバスやエレキベースに近いと感じます。直感ではダンパーに近いとゴムの影響を受け、離れると影響が少なくなるのではないかと思いました。』
中川さんは、かつてコンデンサー・カートリッジ開発にも関わっていました。
STAX 在籍時に有名なCP-X やCP-Y(50年以上前です!),フィデリックスでは独自にCP-VA(1990-92)を開発しましたが余りにも製作が難しく、試作を数個作ったのみで製品化は断念されました。
これらのコンデンサー・カートリッジも針先の間近で信号変換するので、一種のダイレクト・カップリングです。既にそのときから彼はダイレクト・カップリング方式のメリットを痛いほど分かっていました。
●ダイレクト・カップリング型MCカートリッジの開発は、実は2016年から行われていて、ようやく完成したのが2022年、6年もの期間がかかった理由の一つは、発電コイルの製作でした。初めは極小のプリントコイルとして設計が進められましたが、結局極小の五角形巻き線コイルが採用されました:
『コイルの有効直径を0.8mm と極小にしたのが難産の主原因でした。図面を書くのは簡単でしたが、作れる所をやっと見つけ、届いた実物の小ささに驚きました。これを使ったカートリッジはどこの誰が作れるの?と…。』
上の左側の写真、黒い線の間隔が1mm。右側の写真、カンチレバーの直径が0.6mm です。
『五角形のホームベース状コイルなので、針圧変化による出力変化は少ないです。結果、反りや揺れに対しても安定度は高まります。
また、コイルのセンターには穴が空いていて、とても軽くなってます。
スタイラスとカンチレバーとコイルは写真の様に密接に結合するので、真にダイレクトカップリングです。コイルの前後揺れ共振を心配しましたが、小さいために全然問題にはなりませんでした。むしろコイルの引き出し線をグリスでダンピングしないと鳴きが出ることには驚きました。
ダイレクトカップルと軽量化によって、何らストレスのない実に軽やかで爽やかな高域がすんなりと出ました。』
●もうひとつの難題がヨークでした:
『ヨークの素材としてはパーメンジュールが最も飽和磁束密度が高いので高出力が得られます。ただし硬くて脆いので加工は非常に困難、つまりコストがかさみます。
これは、クロストークのベスト点を探るために加工しやすい快削性電磁純鉄で実験をしたところ0.18mV が出たのですんなりとこの材料に決まりました。』
因みに、ヨークの角度は普通に考えれば45°+45°の90°でクロストークが最良になりそうですが、あくまでもそれは磁束の角度であって、ヨークの角度ではなく、70°〜80°のヨークにする事でフリンジング効果(鉄心のエアギャップで磁束が膨らむ)によって90°になるそうです。
●実はダイレクト・カップリング方式には欠点もあります。
『強い磁界が針の直ぐ上にあるので、何年か使っていると砂鉄のようなものがコイルの隙間に吸い寄せられ貯まってきます。すると音が歪み始め、そのうちに振動系が動かなくなり音が出なくなると同時に、レコードを傷めます。
そこで今回はこの問題の対策を講じました。発電部とは別に強力マグネットを設け、そちら側で砂鉄を吸着させるので、マグクリーンと名付け、特許も出願済(特願2016-132887)です。下の写真でカートリッジの先端にある円柱が吸着用のネオジミウム・マグネットです。
●カンチレバーについては:
『ダイレクトカップリング方式なのでカンチレバーにはアルミを使う事で正確な角度を出し易くしました。
昨今、音速の速い材料(ボロン,ルビー,ダイヤモンドなど)でカンチレバーを作ることが流行っていて、これ自体は良いのですが、スタイラスを取り付けるには大きめの穴を開けて挿入しないと割れるので、その分だけ角度が甘くなります。
また、その隙間には接着剤があり、その硬度を問題視する専門家もいらっしゃいます。つまり良さと悪さとが同居しているので、宣伝効果ほどに良くなるとは限りません。
MC-F1000 ではアルミパイプに小さめの穴を開け、圧入という方法でダイヤ針を入れるので精度の高い強固な結合になり、接着剤で外れない程度の補強をします。
私の知り合いのカートリッジの設計者たちは、意外にもアルミ好きな人たちがいらっしゃいます。』
そもそもコイルがカンチレバー上でも針先の直近、真上にあるので、ほとんど材質の影響を受けないのです。
●針先の形状については、
『理論的にはラインコンタクト針が優れますが、実際には、ラインコンタクトだと溝の底に溜まった汚れを掻き出すので、針に汚れが付着して歪み出します。そこで選んだのが楕円針です。』
●針圧が重いと多くの条件で安定な動作をしますが、塩化ビニールの変形量が増えるので細やかな音が出難くなります。
逆に1g を切るとスクラッチノイズが増えますが、溝の中にある小さな粒を弾き飛ばす力が弱くなるからです。そうしたことから目標は針圧1.4g としました。
●ボディーは、硬くて錆びにくいアルミを使っています。
出来るだけ強固にカンチレバー・アッセンブリーを支えられるよう継ぎ目のない一体構造としました。
カバーも同じ材料ですが、こちらはグレーのアノダイズ(アルマイト)仕上げとしました。
固定用のビス穴は、Φ2.6mm のタップ有りと無しの両方が用意されていて便利です。
●人気のヘッドシェルMITCHAKU と、スタイラスクリーナーSaSuPa が付属します。
●その他の注意:
MCヘッドアンプやMCイコライザーの入力換算ノイズは、なるべくなら-150dBV 以下を選んで下さい(LEGGIERO やLIRICO は-156dBV)。
推奨負荷インピーダンスは10Ω以上ですが、可能な限り高い値を推奨します(LEGGIERO やLIRICO は1GΩ)。
かつて無い程にデリケートな構造なので、取り扱いには十分な注意をお払い下さい。
針の上げ降ろしは必ずリフターをお使い下さい。
針の掃除には付属のSaSuPa の白い毛の方を使ってカンチレバーの根本から先端に向かって拭いて下さい。粘着部は優しく当てる程度にして下さい。
コイルの側にピンセットを近付けることは基本的に推奨しませんが、どうしても行う場合は必ず非磁性のステンレス製などの先の細い高精度なものをよく整備してからお使い下さい。
レコードはまめにクリーニングすることを推奨します。
発電方式: MC型
出力: 0.18mV(1kHz、5cm/sec)
周波数特性: 8〜45,000Hz
インピーダンス: 6Ω
負荷インピーダンス: 10Ω以上、出来ればG(ギガ)Ω台
付属品: 針カバー, ヘッドシェルMITCHAKU, スタイラスクリーナーSaSuPa
適正針圧: 1.3〜1.6g(1.4g 標準)
スタイラス形状: 楕円
カンチレバー材質: アルミ
重量: 8.4g