DS Audio は光電型フォノカートリッジとその専用フォノステージアンプを専門に製造するオーディオメーカー(神奈川県相模原市)。
その光電カートリッジもたゆまぬ開発により進化を続け、現在持てる技術の全て注ぎ込んだ最上級モデル、GRAND MASTER が第3世代の幕開けとして発表されました。
そこで新たに盛り込まれた技術は改良というには余りにも大きな進化であり、発電系が全くの別物に生まれ変わっています。これは今までの進化の中でも最も根本的で大きなものと言えます。
そしてその成果を移植した第3世代機、DS-W3,DS-003 と順次発売されてきましたが、ここにきて遂にエントリークラスのEモデルも最新世代に進化、DS-E3 として発売されました。
上級機と違って、如何にしてエントリークラスで上級機と同世代のモデルを実現するかはかなりの難題であったと想像され、他のクラスでは第2世代機があったのに対してEクラスはその間も第1世代機DS-E1 を継続、ひと世代足踏みをしてようやく今回の第3世代機の登場となりました。
開発者、青柳氏の以下の言葉もオーバーではなく、本音がにじみ出ているようです:
『コストパフォーマンスを追求したモデルとして開発を進めてきた製品なのですが、最終試作の段階で製品のクオリティが高過ぎることで「他のモデルの販売に影響が出るのでDS-E3 のクオリティをもう少し抑えた方が良いのではないか」といったことが大真面目に議論される程でした。
最終的にはこの価格で出来る限りのことをしよう、ということで一切のダウングレードは行わず、最高の音を追求した製品となりました。』
さて、ではその第3世代技術とは?
- 左右独立の光学発電系の実現
音楽信号を検出する内部のLED 及びPD(フォトディテクター)を左右のチャンネル各々独立に設置することで、逆チャンネルの影響を完全に排除出来るようになり左右のチャンネルセパレーションが大きく向上しました(特に高域セパレーションは10dB 上向上)。
上図をご覧頂くとピンとくる方も多いと思いますが、これはオーディオテクニカのお家芸、VM 型カートリッジの発電系と同じ考え方ですね。カッターヘッドと同じように各チャンネル独立させた発電系を垂直から各々45°傾けて配置するというものです。
さらにこの左右独立の発電系によりカートリッジの出力が増加。ノイズ量が変わらないまま出力が上がったことでS/N比が大きく向上し、バックグラウンドがより一層静かになりました。
- 遮光板を50% 軽量化
形状変更により遮光板のサイズを大幅に縮小、またサイズだけでなく遮光板の素材を第二世代で使用されているアルミニウムから純度99.9% の無垢ベリリウムに変更したことで、遮光板の質量が第二世代振動系と比較し大幅な軽量化に成功しました。
これは一般的なMCカートリッジの鉄心とコイルの質量の1/10 以下の質量となり(!)、実効質量が低いという光カートリッジのメリットをより最大限に高める設計となっています。
DS003 はカンチレバーにはオーソドックスなアルミニウムを採用。
針先は無垢楕円針。
ボディのベース部分は強固な一体成型によるアルミニウム合金製。
『DS Audio の光電カートリッジとは?』
かつてアナログ・レコード最盛期にわが国で開発、1960年代後半から70年代初頭までの短期間ではあったものの実用化、販売された独自方式のフォノカートリッジがありました。
光電型と呼ばれるその方式は、主流であるMMやMCなどの電磁変換タイプとは全く異なり、光源と受光素子、それにその間に置かれる遮光シャッター(スリット)で構成されます。
針先が音溝の振幅を拾うとカンチレバーに付いたスリットシャッターが振動して光量が変化、それを電気信号の変化に変換して出力するというものです。
当時製造していたのは東芝(オーレックス),トリオ,シャープ(オプトニカ)で、光源にはいずれも小型ランプ、受光素子にはそれぞれフォトトランジスタ,フォトダイオード,太陽電池を使用していました。
ここでまず問題となったのが光源。電球はどうしても熱を帯び、長時間使っているとその熱が周辺の部材(とくにゴムを使ったダンパーなど)に変形や劣化の影響を及ぼします。
また、電球は光の波長や光量でも高精度の変換には向きませんでした。
これらが災いしていずれの製品も短命に終わったのでした。
当時の開発にかける情熱は並々ならぬものがあり、実用化,量産化しただけでも大変な成果と言えるものでしたが、如何せん、まだ理論に技術が追いついておらず、早過ぎたカートリッジというべきでしょう。
それから40年以上経ち忘れ去られたかに見えた光電カートリッジでしたが、数年前、突如、全く新しいDS Audio というメーカーから光カートリッジとして現代に蘇ったのです。
DS Audio を立ち上げたのは当時まだ30前だった若きヒーロー、青柳哲秋氏。
もう完全にCD世代ですが、ある機会に聴いたアナログ・レコードに感激、しかもその時使っていたのが何と大変珍しいのですが、かつての東芝の光電カートリッジだったのです。
ここで、へぇー、レコードもいい音しますね、で終わらないところが青柳さん。彼の父親が経営する(株)デジタルストリーム(1988年創業)は高い光学技術を誇る開発専門会社であったため、そこで培った技術を、新たに光電カートリッジを開発するために利用出来るのではないかと直感したのでした。
ここにもう一人のキーパーソン、当時を知る元東芝のエンジニアが合流、かつて一度理論としては完成をみたこの方式を伝える得難い味方が加わり、新旧二人の情熱が、再び世界唯一の光電型カートリッジ実現に向けた開発をスタートさせました。
青柳氏,かつての光電カートリッジ技術を伝えるエンジニア、そして世界屈指の光学技術をもつデジタルストーリーム社、この奇跡的ともいえる出会いがあって初めて実現したプロジェクトだったのです。
さて、かつてあれだけ苦労したこの方式が今回実現したのには大きな理由があります。最大のネックであった光源の電球を、現代の代表的技術であるLEDに置き換えることが出来たからです。
LEDは豆電球に比べて光量が大きくしかも小型で省電力、そしてはるかに発熱が少ない。つまり、かつての問題点をことごとくクリアしてくれたのです。まずこれがあったからこそ実現に向けて大きく扉が開いたと言ってよいでしょう。
また、電球の光は全ての波長を含む白色光でしたが、LEDは赤,緑,青など光の色があることからも分かるように、光の波長を選択することが出来ます。
受光素子であるフォトダイオードやフォトトランジスタは波長感度に特性をもっており(感度の良い波長がある)、それに合った波長のLEDを使うことで効率良い、すなわちS/Nの良い発電が可能となりました。
でもこれだけ苦労して開発しても、MMやMCの電磁誘導型より性能が劣っていたり、音が悪かったら、そもそも意味がありませんね。
次に光電型の優位性を挙げてみましょう。
1.原理的に発電の周波数特性がフラット
MMやMCなどの電磁誘導タイプはその発電の特性が「速度比例型」です。
電磁誘導の原理(「ファラデーの電磁誘導の法則」)による発電では、出力電圧が磁束の変化の速さに比例する、ということで、物理の得意な方は次の式を見た方が早いでしょう;
V = - N × (ΔΦ / Δ t)
V: 起電力 N: コイル巻き数 ΔΦ: 磁束の変化 Δ t: 時間の変化
単位時間(Δ t)の中で磁束の変化(ΔΦ)が大きいほど、すなわち磁束変化の速度が大きいほど、起電力Vが比例して大きくなることが分かります。
これはレコードの再生で考えると、高い周波数(磁束変化が速い)ほど出力が大きく、低い周波数(磁束変化がゆっくり)は出力が低いということになります。
これに対して光電カートリッジは「振幅比例型」と呼ばれ、電磁誘導ではなく光量の大きさに比例して発電しますので、出力電圧は周波数に関係なく一定です(下図参照)。
原理的に1Hz からフラットに再生出来る光電カートリッジは、従来に無い際立った低域再現性が得られます。
以上のような特性をもつため、電磁誘導型はフラットな周波数特性を得るために低域を持ち上げ高域を下げるイコライジングをかけてやる必要があります。
この場合の低域と高域では約40dB と100倍程の電圧差が生じます。
一方、光電カートリッジは元々フラットな特性なので、遥かに軽いイコライジングで済みます(レコードにカッティングされる溝の幅は周波数によって異なっているので、それに対するイコライジングが必要となる)。
この場合、低域と高域の電圧差は約10dB、約3倍ほどと圧倒的に少なくなっています(下図参照)。
大きな補正をすることなく素直な増幅が出来るために、音も高い鮮度を保つことが出来るのです。
2.磁気抵抗の発生が無い
従来の電磁誘導型では、発電の際に起電力を打ち消す方向の磁束が発生してしまいます(「レンツの法則」、下図参照)。すなわちレコード再生時にレコードに刻まれた溝の動きとは逆方向の力がマグネット(もしくはコイル)に発生しているということです。
磁気回路が存在しない光電カートリッジは、こうした従来のカートリッジでは不可避であった磁気抵抗力からもフリー、より忠実な再生が可能なのです。
3.振動系への加重付加が極めて軽い
MMは言うに及ばず、MC型でもワイヤーを巻いたコイルは小さいながらもそこそこの重量があり、しかもコイルから繋がるワイヤーは針先の振動を伝えるカンチレバーに対して負荷となります。
光電カートリッジではカンチレバーに載るものは微細なシャッター板のみ。振動系への付加重量が極めて軽いので、より微細な振動までピックアップし、精度の高い再生が可能となります。
こんなところも光電型のメリットのひとつです。
*光電カートリッジの注意点